2012年11月29日

必要以上に恐れる「リスク過敏バイアス」とは?【ロー・ボール・テクニック】

● 今回のテクニック:【ロー・ボール・テクニック(10)】

ロー・ボール・テクニックとは、まずは相手が受け取りやすいボールを投げて
から、徐々にオプションを増やしていく方法である。

説得される側は、気がついたときには最初の条件よりも吊りあがっているため、
騙されたと感じるかもしれず、リスクは高い。

フット・イン・ザ・ドア・テクニックよりも強力な説得技術と言われているが、
多用は禁物である。


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● 今回のコミュニケーション例


マネージャー :
「主任から聞いたけど、君は10月からスタートした下半期の方針に不満が
あるそうだね?」


部下 :
「不満……というわけではありませんが、何せ、目標は『絶対達成』しろと
言われても、難しいと思うんで」


マネージャー :
「難しい?」


部下 :
「はい。特に私が取引しているお客様は、超円高の状況で、設備投資を手控
えています。こんな状態では、昨年実績より結果を上乗せすることなど到底
無理だと思います」


マネージャー :
「超円高になったことと、君の目標が達成しないことと因果関係があるの
か」


部下 :
「もちろん、あります。私の取引先のほとんどが輸出産業です。特に中国と
の取引が多く、最近はかなり苦しいと聞いています」


マネージャー :
「超円高になる前と、そうなった後と、どれぐらい状況が悪化したのか、
パーセントで表現してみて」


部下 :
「え?」


マネージャー :
「だから、何%、事態が悪化したんだ? だいたいでいいから言ってみて」


部下 :
「それは、わからないですけど……」


マネージャー :
「んん?」


部下 :
「それはわからないですけど、とにかく、苦しい状況なんです」


マネージャー :
「『とにかく苦しい状況なんです』と言われて、俺が『ああ、そうですか』
と答えると思ったのか? 君の取引先は何社ある?」


部下 :
「34社です」


マネージャー :
「そのうち、輸出産業の取引先は何社ある?」


部下 :
「K商事とか、Tコーポーレーションとかです」


マネージャー :
「君はコミュニケーションスピードが遅い。俺に何度も質問をさせるな。数
字で答えたまえ。輸出産業は何社あるんだ?」


部下 :
「……えっと、7社です。いや、8社、でしょうか……」


マネージャー :
「そのうち、中国を相手に取引しているのは?」


部下 :
「うーーーん。だいたいすべて、だと思います」


マネージャー :
「R工業さんと、Eカンパニーさんは違う。G社さんも最近はインドネシア
やタイとの取引がほとんどだ」


部下 :
「……」


マネージャー :
「超円高や日中関係の悪化が影響を受けるのはわかってる。しかし、その
『度合い』が重要だ。何パーセント、悪化するんだ?」


部下 :
「そ、それはわかりませんけど……。で、でもですね。だからといって、お
客様のところへ、とにかく訪問を続けろというのは乱暴です。事故に遭った
らどうするんですか?」


マネージャー :
「事故……」


部下 :
「言いたくはなかったんですが、私の同期のH君が、先日、お客様のところ
へ行く途中で事故を起こしそうになったと聞きました」


マネージャー :
「初耳だ」


部下 :
「H君は、これまで月に40件、訪問していたのを10月から200件に増
やしています。そのせいで、ものすごく時間に追われるようになったと聞い
ています」


マネージャー :
「なるほど」


部下 :
「営業中に事故を起こしたら大変なことになります。やはり無茶な訪問はや
めたほうがいいんじゃないでしょうか?」


マネージャー :
「無茶?」


部下 :
「だって、これまで40件だった件数を200に増やしてるんですよ」


マネージャー :
「だから、無茶なのか? 君は先日、アメリカに出張したけど、それを無茶
だと思ったか? 定期的に出張している大阪よりも遥かに遠いだろう」


部下 :
「いや、だって……。アメリカに出張したのは仕事ですから」


マネージャー :
「200件まわるのも仕事だろ。それにH君の労働時間はまったく増えてい
ない。無駄な仕事をなくして可能にしている」


部下 :
「だからこそ、忙しくなって事故のリスクが高まるんです」


マネージャー :
「その事故リスクは、40件まわっていたときと、200件まわっている現
時点と、何%高まってるんだ? 絶対値で答えられるか」


部下 :
「う……」


マネージャー :
「40件まわっていたときの事故リスクが0.01%として、200件にし
たら、30%とかに跳ね上がるのか?」


部下 :
「いや、そんなことはないでしょうが」


マネージャー :
「じゃあ、どれぐらいだ? 目安でいいから言ってくれ。それがないなら、
君の提案に、君の思慮が入っていないことになる。単純に感情的になってる
だけだ」


部下 :
「……」


マネージャー :
「君の言い方だと、やりたくないからやりたくないとしか聞こえない。そん
なことで、俺を説得できると思ってるのか」


部下 :
「……すみません」


マネージャー :
「マスコミで過大に取り上げられているリスク、すぐ身近で起こったリスク、
馴染みのない新しいリスク……。人間はこういったリスクに過敏に反応す
る」


部下 :
「確かに……」


マネージャー :
「冬が近づいてきたからインフルエンザの予防はしたほうがいい。君の場合、
小学校と幼稚園に通っているお子さんがいるのだから、インフルエンザにか
かる確率は意外と高い」


部下 :
「あ、はい」


マネージャー :
「しかし、テレビで最近不審火による火事が増えているというニュースを聞
いたらどうだ? もちろん火事には気をつけなくてはならないけど、だから
といってオロオロするのか」


部下 :
「うーん……」


マネージャー :
「条件反射で物事を判断するな。とにかく10月に立てた方針は守ってもら
う。組織としての統率がとれない」


部下 :
「はい」


マネージャー :
「君の訪問件数は現在100件。君の言うとおり、輸出産業の会社への訪問
は増やさなくてもいいが、このままでは結果が出ない。せめて130件まで
はアップしてほしい」


部下 :
「あ、はい。わかりました。130件なら何とかやれそうです。というか、
やります。1日7件ぐらいなら、行けます」


マネージャー :
「うん。それで、大阪のお客様は全部、Jさんに任せることになった。だか
ら月に3回の出張はなくなることになる」


部下 :
「あ! そうなんですか。わかりました」


マネージャー :
「だから、まるまる3日は東京にいられるだろう? その分、訪問件数は2
1件増えるな。だから130に足して150件ぐらいだ」


部下 :
「150件……。あ、はい」


マネージャー :
「頼むよ。それぐらいならできるだろう?」


部下 :
「はい。目標達成に向けて、がんばります。それじゃあ、こうしてはいられ
ないので、さっそく出かける準備をしてきます」


マネージャー :
「おう、頼む。……あ! そうそう! 忘れてた」


部下 :
「え?」


マネージャー :
「150件というのは、もちろんお客様への訪問件数だ。君の得意先は大き
な会社が多いから、必ず訪問したら2つの部署には顔を出してくるように。
いいね」


部下 :
「は? あ……。はい……」


マネージャー :
「よろしく!」


……「リスク過敏バイアス」というのは、私が作った造語です。

メディアの世界では、必要以上にリスクを誇大表現することがあり、以前から
問題視されてきました。

日常生活においてはともかく、

何かを成功させたいとき、目標を達成させたいときに、あまりにリスクを過敏
にとら過ぎると、

正しい判断ができなくなるなります。気をつけたいですね。

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【編集後記】

私は1994年に青年海外協力隊に入隊し、中央アメリカのグアテマラという
国に3年間赴任していました。

当時、

カンボジアに駐在していた国連ボランティアの日本人がゲリラに襲撃されて死
亡したことで、日本中でカンボジアのPKO派遣について論議されている最中
であり、

私の周辺は、このカンボジア事件と青年海外協力隊を無理やりつなげて大騒ぎ
でした。

「お前、戦地へいくのか?」

「絶対にやめたほうがいい! 友達が銃弾に倒れたというニュースは見たくな
い!」

などと、それはそれは過敏に反応する人が多かったのを思い出します。

当然、両親は猛反対。

当時私はCSK(現SCSK)の社員として「デンソー」様に出向しており、
バブルがはじけた後でしたが、仕事も豊富にあり、

会社を辞めて、なぜそんな「ワケのわからない、危ないところ」へ行くのか?

と泣かれました。

しかし、青年海外協力隊のOB・OGに話を聞くと、

「治安が不安定な任国はない。外務省が渡航を許さないから」

「協力隊の任地よりも、イタリアやスペインのほうがよほど治安が悪い」

などと言われ、安心して私は旅立ちました。

私がグアテマラに滞在している間に、日本では「地下鉄サリン事件」や「阪神
大震災」という、世界中に配信されるような未曾有の事件があり、

グアテマラ人からも「日本は本当に危ない国なんだな。ノブはもう日本に帰ら
ないほうがいいんじゃないか」とアドバイスされるほどで、何となく複雑な気
分を抱いたものです。

(とはいえ、私は赴任中、ピストル強盗に遭ったり、バスが崖から落ちるとい
う大惨事に巻き込まれたりしましたが、かといって、これは世界中の協力隊員
の中でも極めてレアなケースで、普通は事件にも事故にも巻き込まれずに帰国
する人がほとんどです)

この「リスク過敏バイアス」は、投機目的で株をする人も参考にしたほうがい
いでしょうね。

市場は「人間の心理」で動きますから。

もちろん、「選挙」も、です。