● 今回のテクニック:【ピア・プレッシャー(11)】
ピア・プレッシャーとは、人間は通常、同じ組織内の仲間に認められたい、疎
外感を味わいたくないと考え、仲間のあいだで自分がどのように見られている
かを気にする傾向がある。
そのせいで、仲間や社会と同じ考えでなければならないという圧力(プレッシ
ャー)を常日頃から感じているものだ。
これをピア・プレッシャーと言う。
特に「和」を尊ぶ日本人に対しては、このピア・プレッシャーは強力と言えよ
う。
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● 今回のコミュニケーション例
営業マンA :
「課長! 聞いてください。X社から670万円の引き合いが来ています。ぜ
ひ、すぐにでもクロージングかけたいですので、いいですか?」
マネージャー :
「なっ! ……わ、わかった。同行しよう。いつだ?」
営業マンA :
「明日の11時半はいかがでしょうか?」
マネージャー :
「あ、明日の11時ィ!? そんなに急かっ!」
営業マンA :
「はい! 何としても受注したいんです。スピーディに対応させてください」
マネージャー :
「うーん……」
営業マンA :
「何か用事があるんですか?」
マネージャー :
「今日これから福岡まで飛んで、Gさんの案件を対応しなくちゃいけない」
営業マンA :
「Gさんの? Gさんの福岡案件って、流れたはずじゃ……」
マネージャー :
「いや、彼女の驚異的な粘りで復活させた。機内で提案書を見直し、向こうで
製本して今日の夜9時からの社長プレゼンで決める」
営業マンA :
「確か、1000万円の案件でしたよね」
マネージャー :
「いや、それが1300万円まで膨らんだ。何としてもとる。これがとれたら
今期は目標達成だ」
営業マンA :
「おおお……」
マネージャー :
「しかし、X社の案件も何とかしたい」
営業マンA :
「はい! とりたいです。いや……とらせてください!」
マネージャー :
「わかった……。朝イチで福岡から戻ってくるフライトを探しておく」
営業マンA :
「ぜひ、お願いします」
営業マンB :
「課長!」
マネージャー :
「おゥ、どうした?」
営業マンB :
「Y社の案件、いけそうです! ぜひご一緒願えませんか?」
マネージャー :
「え、いつだ?」
営業マンB :
「今からすぐです」
マネージャー :
「い、今からだって……!」
営業マンB :
「Y社の社長は今夜のフライトでミャンマーへ発つと、来月までは戻ってこな
いそうです。今日の5時にアポをねじ込みました。今から一緒に行ってくださ
い」
マネージャー :
「いくらの案件だ?」
営業マンB :
「72万円です」
マネージャー :
「72万」
営業マンA :
「72万、か……」
営業マンB :
「課長、お願いします。年初からずっと追いかけてきた案件です。何としても
受注したいんです」
マネジャー :
「そうは言っても……。72万円だろ。それぐらいの案件なら自分で何とかで
きないか。私は今から福岡へ……」
営業マンB :
「先方の社長が指名してきたんです。課長が来るなら会うって」
マネジャー :
「え、私が……」
営業マンB :
「課長、お願いします。私はこれまでずっとみんなの足を引っ張ってきました。
小さな案件かもしれませんが、これを浮上のきっかけにしたいんです」
マネジャー :
「しかし」
営業マンA :
「課長、私からもお願いします。行ってください」
マネージャー :
「しかし、私は福岡に……」
営業マンC :
「課長、ちょっといいですか。専務から内線がありました」
マネージャー :
「専務から?」
営業マンC :
「はい。経営会議に今から出てくれと」
マネージャー :
「今から? いったいなぜ……」
営業マンC :
「おそらく今期の予算計画についてだと思われます。計画を全体的に下方修正
するので、意見を聞きたいと」
マネージャー :
「全体を下方修正? それなら、うちの営業課は今のままでも目標達成するじ
ゃないか」
営業マンC :
「そうだと思います」
マネージャー :
「そうか……。なんだ、こんな形で目標達成するなんて……。なんか、拍子抜
けだな」
営業マンA :
「課長、経営会議には行かないでください」
マネージャー :
「何?」
営業マンB :
「経営会議よりも、私の案件に付き合ってください。Y社の社長がお待ちで
す」
マネジャー :
「しかし72万円の案件じゃ。しかも、すでに今期は目標達成して……」
営業マンC :
「課長、他の2人の課長が専務に泣きついたようです。このままでは今期の目
標が達成できそうにないから、落としてくれって」
マネジャー :
「他の2人の課長が、か」
営業マンC :
「はい。しかし、それでいいんでしょうか?」
マネジャー :
「え」
営業マンC :
「下方修正した目標を達成して、それでいいんでしょうか? 期首に立てた目
標が達成するかもしれないのに、今ここで、あきらめていいんでしょうか?」
営業マンA :
「その通りです」
営業マンB :
「課長、経営会議には行かないでください」
マネジャー :
「お前ら……」
営業マンA :
「少額の案件でもとりましょう。今、私たちができることをすべてやりましょ
う」
マネジャー :
「どうして、そんなに……」
営業マンA :
「もう、戻りたくないんです!」
マネジャー :
「え」
営業マンA :
「私はもう、あのころには戻りたくない」
営業マンB :
「私もです!」
営業マンC :
「私も、同じ気持ちです。課長」
マネジャー :
「あの頃って……」
営業マンA :
「課長が来るまで、私たちは、何もかも、なあなあでした。やってもやらなく
ても同じ。目標達成しても達成しなくても同じ。昨日の続きは今日で、今日の
続きは明日……。あんな堕落した日々には戻りたくないんです」
営業マンC :
「課長がうちのチームを変えてくれました。本当に粘り強く、淀んだ空気を変
えてくれました」
営業マンA :
「理由なんてないんです。とにかく、もう前のようには戻りたくない。それだ
けです。いま、このチームはいい空気に満たされています。この『流れ』を変
えたくないんです」
マネジャー :
「……」
営業マンB :
「課長! お願いします!」
営業マンC :
「課長、私が経営会議に出てもいいです。針のむしろになるでしょうが、かま
いません。行ってください」
マネジャー :
「……」
営業マンC :
「受注しましょう。せっかく引き合いが来ているわけですから。A君が言った
とおり、ここで『流れ』を変えてはいけないと思います」
営業マンD :
「――ただいま戻りました。課長、Z社の案件、明日の昼から決済者プレゼン
が決まりました。2170万円の大型案件です。プレゼンの内容について、集
中的に討議したいのですが、よいでしょうか?」
マネジャー :
「えええ、2170万円って……!」
営業マンA :
「すげ」
営業マンB :
「マジか」
営業マンC :
「……課長」
マネジャー :
「わか、った……」
営業マンA :
「……」
営業マンB :
「課長、私とY社へは、行ってくださらないんですか?」
マネジャー :
「私がY社へ行ったら、Gさんの福岡案件はどうなる?」
営業マンB :
「う……」
営業マンC :
「課長」
マネジャー :
「そこをどけ。経営会議に出る」
営業マンC :
「……」
マネジャー :
「専務に、予算計画の下方修正をさせないよう説得してくる。そしてすぐにB
君とY社へ出かける」
営業マンB :
「本当ですかっ! あ、ありがとうございます」
マネジャー :
「それからD君と、ひと晩かけてZ社のプレゼン内容を討議する。A君とは明
日の朝からX社への対応について話し合おう。X社のクロージングが終わって
から、その足でZ社へ向かう。D君とは現地で待ち合わせだ」
営業マンD :
「はい」
営業マンC :
「それじゃあ、Gさんの福岡案件は……?」
マネジャー :
「専務に行ってもらう。福岡案件は私を指名しているわけではない。Gさんの
上司が行けば問題はないだろう。専務ならば文句はないはずだ。提案書の製本
も、専務にやってもらう」
営業マンC :
「課長、専務を説得できますか?」
マネジャー :
「説得する。他の課の目標分も、うちの課が稼げばいいんだ」
営業マンC :
「……」
マネジャー :
「俺も同じ気持ちだ。せっかくの『流れ』を止めるわけにはいかない。今きて
いるすべての仕事を、全力でとる」
……「やってもやらなくても同じ」「目標はあくまでも目標」「努力している
姿を見せるのはかっこ悪い」といった悪い空気を変えて、
空気が「流れ」に変わったら、あとは「流れ」に身を任せるだけです。
「エア」 → 「ムード」 → 「ブーム」
の手順で、空気を「流れ」に変えていきます。
その手順とは……?
「同調性バイアス」を利用した「多数派工作」を中心に、空気で人を動かすテ
クニックを、新刊ではあますことなく披露しています。
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【編集後記】
私たちが企業にコンサルティングに入る場合、とにかく「場を作る」ことに力
を注ぎます。
コンサルティングセッションの遅刻は厳禁。資料の提出期限も細かくチェック
します。
組織風土そのものを変えるつもりで臨みます。組織の「空気」が悪いのに、ど
んなテクニックをお伝えしても、どんなマーケティングの手法をお話ししても、
結局はやらないからです。
ほとんどの問題は3つに集約されます。「やらない」「やるのが遅い」「やり
続けられない」
それだけです。
スキルが足りないわけでもないし、もちろんセンスや才能がないわけでもあり
ません。
誰もができることを「やらない」。……それは、「空気」のせいです。
私たちが他のコンサルティング会社と圧倒的に異なるのは、組織の「空気」を
変えるからです。
それに賛同できない経営者とは、コンサルティング契約をしません。
「空気」を変え、それを「流れ」に変えることができたら、後はその「流れ」
に身を任せるだけです。