2015年4月27日

「営業の適性」について考える【PREP法】

● 今回のテクニック:【PREP法(8)】

PREP法(プレップ法)とは、自身の主張を相手に伝えやすくする話法、文
章術のこと。

以下のような流れで話をすることである。非常に簡単だ。

主張(Point)→ 理由(Reason)→ 具体例(Example)→ 主張(Point)。

はじめと終わりに「主張」または「結論」を持ってくることが秘訣である。

例としては、

「私はこの仕事が好きだ。なぜなら遣り甲斐があるからである。1ヶ月に1回
はお客様から感謝の手紙がもらえるし、先日などは私の手を握ってまで『あり
がとう』と言ってくれるお客様がいた。だから私はこの仕事が好きだ」

「インパクト×回数」が大事。主張はとにかく繰り返すことだ。


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● 今回のコミュニケーション例


マネジャー :
「売れないな、全然売れない。どうしてこんなに売れないんだ」


部下 :
「部長、何がそんなに売れないのですか?」


マネジャー :
「4月に営業部長になってから、すごく不思議に思ってるんだが、どうして
こんなに商品が売れないのか理由がわからない」

部下 :
「ええっと……。ですから部長、何がそんなに売れないのでしょうか? す
べての商品が売上ゼロではありません」


マネジャー :
「私が3月まで商品開発部の部長だったことは知ってるだろう? 昨年私た
ちが開発して市場に投入したXという商品の売上がまったく上がっていな
い」


部下 :
「データを見ればわかるとおり、今年の1月から徐々に数字が出ています」


マネジャー :
「市場投入したのは昨年の8月だ。なぜ数字が出てくるのが今年の1月なん
だ。遅すぎるだろう」


部下 :
「まァ」


マネジャー :
「もうすぐゴールデンウィークだというのに、数字は横ばいだ。商品が悪か
ったのか」


部下 :
「そんなことはありません。確実にニーズはあります」


マネジャー :
「私もそう思ってるんだ。だったらナゼ売れない」


部下 :
「部長、売れない、売れない、とおっしゃいますが、これからじゃないです
か。当社は日用雑貨を扱っているわけではありません。予材は増えているの
ですから、それほど焦らないでください」


マネジャー :
「『予材』だと……? どんなに『予材』が増えても、結果が伴わないのな
ら意味がない」


部下 :
「意味がないことはありませんよ」


マネジャー :
「私はハッキリ言って、営業の問題じゃないかと思ってるんだ」


部下 :
「営業の問題、ですか」


マネジャー :
「うちの営業部は、オトナシイのがそろい過ぎている。営業の適性に合って
ないんじゃないか?」


部下 :
「営業の適性、ときましたか」


マネジャー :
「営業の適性についてどう思う? 君はもう20年も営業をやっているから
わかるだろう。私は4月から営業部長になっのだからサッパリわからん」


部下 :
「ええと……」


マネジャー :
「社長は私の、物怖じせず、ずけずけと何でも思ったことを口にする性格が
営業向きだと言っておられたが」


部下 :
「私なりの意見を言ってもよいですか」


マネジャー :
「頼む」


部下 :
「私が考える『営業の適性がある人』とは、「人が人に影響を与え、人が人
を動かす」という現象を理解できる人だと思います。『脳のミラーニューロ
ン』により、人間は近くにいる人間の思考に感化されることがわかっている
からです」


マネジャー :
「……ほォ」


部下 :
「それほど欲しいと思っていなかったものも、誰かが手にしているというだ
けで欲しいという感情が芽生えたり、多くの企業が採用しているサービスを
当社も導入したいと考えたりするのは、同調性という認知バイアスがかかる
からです」


マネジャー :
「それが、感化、か……」


部下 :
「はい。ですから、私が考える『営業の適性がある人』とは、「人が人に影
響を与え、人が人を動かす」という現象を理解できる人だと思います」


マネジャー :
「なるほど、私はずっと商品開発をしてきたから、そんな心理現象があるな
んて、まったく理解できない」


部下 :
「理解できませんか」


マネジャー :
「当たり前だ。誰に影響されようが、商品が良くなくちゃ売れないに決まっ
てる。逆にいえば、商品さえ良ければ確実に売れるんだよ。この信念は曲げ
ない」


部下 :
「ということはつまり、部長には『営業の適性』がない、ということだと思
います」



……拙著「空気でお客様を動かす」を読んで、本の内容に共感の持てない人は
営業に向いていない、営業の適性がない、

と、大胆なことを、私のお客様が言っておられました。

お客様のニーズに合った商品を開発し、その事実を的確に伝えることができれ
ば、確実に売れるという発想を持つ人は、営業の適性がない、ということです。

共感性、同調性に欠ける人、ということでしょうか。私も考えさせられました。


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【編集後記】

私の父は飲んだくれで、家にいるときは常に酒を飲んでいました。

6畳の居間に、家族4人が寄り添って生活していた時代に、父はビールと安い
日本酒を何時間も何時間もテレビを観ながら飲み続けていました。

休みの日は朝から晩まで飲んでいて、母を女中のように使う姿が痛ましく、私
は家にいることが嫌で嫌で仕方がありませんでした。

狭い借家に充満する、酒の匂いがたまらなく不快だったのです。

もちろん、友達を家に招き入れた経験はないです。幼いころから、私の家庭そ
のものが私の恥部だと思い込んでいたからです。

私が風邪をひいたりし、学校を休んで家にいると、父は激怒しました。

どんなに熱があっても父は私を叱りつけ、「学校へ行け」「寝てるな」「無理
をしたほうが風邪は治る」などと、小学生低学年のときでさえ「不誠実な親
だ」と思えるほど、父の理不尽さには辟易しました。

ねん挫をして横になっていると、わざとその足を踏みつけたり、頭痛で寝込ん
でいると、テレビの音を大きくしたりして嫌がらせをする父でした。

そのため、私は「学校を休む」ということが恐怖でした。

少々、調子が悪くても隠して学校へ行きました。

23歳のとき、会社を辞め、青年海外協力隊に参加することを言ったとき、猛
反対したのは母のほうで、父はそれほど動揺はしていませんでした。

しかし、

青年海外協力隊から3年ぶりに戻り、家にいると、たった3日で

「何をやってるんだ! 働け! 家にいるな!」

と激しく怒られました。

帰国して数日しか経っていないんだから働き口が見つかるわけないだろう、と
反論しましたが、まったく聞き入れません。

帰国して日立製作所に入社することができたのは半年後のことです。その間、
父と家に一緒にいることができなくて、近くに家賃1万2000円のボロア
パートを借りたほどです。

約11年前、日立を辞めることを父に告げたときも、

「これから、どうするんだ! 子どもが生まれたばかりだろうっ」

と頭ごなしに怒られました。

父は工場に勤めていて、定年まで一度も役職に就くことなくクレーンを操作し
続けた人でした。

字の読み書きもかなり苦手です。

給料も本当に少なかった。そのことを私は社会人になって、思い知るのです。
私の初任給とそう変わらない給料を何十年ももらい続けていると知ったからで
す。

しかし、ただ一つだけ凄いなと思うことがありました。

どんなに酒を飲んで、暴れ、道路で寝転がっているところを警察に連行された
翌日でも、必ず出勤したことです。

「有給休暇」を取得したことは、何十年もなかったのではないでしょうか。

どんなに二日酔いで苦しくても、絶対に会社には出かけました。母も姉も私も、
父の理不尽さに頭にきて、誰も口をきかなかった日も、どんな日も、仕事には
出かけました。

どうして仕事に毎日父は出かけたのか?

父にとって、仕事とはそういうもの。意味などなく、理由などなく、ただ単に、
仕事は何があっても休むものではない、そういうものだ、という思いがあった
からでしょう。

――父は、今も飲んだくれです。

酒に溺れすぎて、デイサービスに通うのも一苦労です。スタッフの方に叱られ
ても酒を隠れて飲んでいます。

たまに父に会います。

父が私の顔を見て言うことは、ほとんど決まっています。

「仕事は行っているのか」「仕事はあるのか」

そう聞いてきます。

私はこう答えます。

「俺、もう社長だよ。仕事は行くに決まってるじゃんか」

そう言うと、父は嘲笑するかのように口の端を曲げ、

「お前が社長とはなァ」

とつぶやきます。